2024年08月12日
今日は盂蘭盆会(ウラボンエ)初日
たくさんの方にお参りいただきました
椅子も増やして空席なしの満堂となりました
やっぱり本堂のエアコン増設しないとな・・・
さて・・・
盂蘭盆(ウラボン)にまつわる
モクレン尊者のお話はご存知かと思います
モクレンさんが神通力を使って死後の世界を見たところ
亡きお母さんが餓鬼道に堕ちて餓鬼(ガキ)となっていた・・・
そのお母さんを救うために
モクレンさんは周囲の人たちに施しをして
無事にお母さんを救ったというお話です
これまで私はこの話を浄土真宗的に考えて
独自の解釈をお伝えしてきました
でも今年はチョット違ったお話をしました
そもそもなぜ
モクレンさんのお母さんは餓鬼道に堕ちていたのか?
それは慳貪(けんどん)の失(とが)という罪です
物惜しみして他の者に施しをしない心
「自分さえ良ければいい」という心
そういう心でお母さんは生きていたから
浄土には行けず
「満たされない世界=餓鬼道」に堕ちていたのです
「施し」
日頃なさっていますか?
"今さえ良ければいい
金さえ儲かればいい
自分さえ良ければいい"
と生きてしまってはいませんか?
仏教では「無財の七施」という言葉があります
なにも持っていなくてもできる「施し」です
眼施(げんせ)…やさしい眼差し
和顔施(わげんせ)…穏やかな表情
言辞施(ごんじせ)…やさしい言葉
身施(しんせ)…親切な行い
心施(しんせ)…思いやりの心
床座施(しょうざせ)…席を譲る
房舎施(ぼうしゃせ)…雨風をしのぐ部屋を提供する
最近もう一つ
「耳施(にせ)…耳を傾けて話を聞く
というのもあると知りました
施し(布施)は「喜捨(きしゃ)=喜んで捨てる」とも言われます
なのでこれらの施しは
"嫌々ながらでもすればいい"
ということではなく
自らも喜んでしなくては
「施し」にはなりません
見返りを求めてもいけません
実践するのはなかなか困難ではありますが
それでも心の片隅にでも置いて
「施し」の心をたいせつにしようと
心がけて生活していると
きっと
幸せを感じられる生き方になるでしょう
周囲の人からも喜ばれることでしょう
ご先祖様も亡き人も喜んでくれることでしょう
盂蘭盆のお話から
日頃の自分を振り返る機会をいただく
そんなことをお話させていただきました
地震やら台風やら
心配や不安はいろいろありますが
ご自愛くださいませ
前田健雄(まえだたけお)
真宗大谷派一心寺住職。
1977年名古屋市生まれ。
大谷大学大学院文学研究科仏教学専攻修士課程修了。
真宗大谷派ハワイ開教使として5年間ハワイに赴任。
NPO法人ほがらか絵本畑の理事。
名古屋刑務所篤志面接委員