ヘンなはなし(宗教リテラシーVol.7)

2022年10月07日

ヘンなはなし(宗教リテラシーVol.7)




方便

のつづき・・・










前回

阿弥陀如来のお軸の裏側に

「このお軸の絵は方便ですよ」

と書いてあるとお伝えしました




“嘘も方便”

という言葉がありますが

“有相(ウソウ)も方便”

から派生した言葉だと聞いています





有相とは

相(すがた)が有る

という意味

相(すがた)に表現した方便だ

ということです




室町時代の本願寺第八代

蓮如上人は

「方便をわろしという事は、

あるまじきなり。

方便をもって

真実をあらわす廃立の義、

能く能くしるべし。

弥陀・釈迦・善知識の

善巧方便によりて、

真実の信をばうることなる」

『蓮如上人御一代記聞書』
(真宗聖典P.886)


方便を侮ることは
あってはならない
方便によって
真実が伝えられてきたことを
よくよく理解するべきである
阿弥陀仏もお釈迦さまも
善き師もみな
巧みな方便によって
導いてくださるからこそ
私たちは真理(本当のこと)に
出会えるのである

とおっしゃっていたそうです





こうして書いている文字も

言語・言葉も方便なのです

真理(本当のこと)は

目に見えないものです

形がないものです

真理(本当のこと)を

理解して伝えるために

言語・言葉という

方便を使っているのです





感情や気分などの心は

目には見えません

形もありません

その心を伝えるために

言語・言葉を使っているのです






じーちゃんが昔

よく言っていました

「言」という字を横にしてみると

「心」と「口」になる

「心を口にするから

『言』という漢字になったんだ」

と…






また

蓮如上人はこんなことも

おっしゃっていたそうです

「木像よりはえぞう、

絵像よりは名号」

『蓮如上人御一代記聞書』
(真宗聖典P.868)

木像よりも絵で描かれた
絵像に手を合わせましょう
絵で描かれた絵像よりも
文字で書かれた名号(みょうごう)
(帰命尽十方無碍光如来
南無不可思議光如来
南無阿弥陀仏…)
に手を合わせましょう




なんとなく

人の形をした仏像の方が

わかりやすく

紙に描かれた仏さまより

有り難さがあるように思う

かもしれませんが

それでは

偶像崇拝になってしまいます

形や見た目に執着してしまいます

木像も絵像も名号も

手を合わせる対象としての

方便であって

そのモノが尊いのではなく

手が合わさる心が大事なのだ

ということを

おっしゃっているのだと思います





ヘンなはなし(宗教リテラシーVol.7)






昔は

ご飯を食べるときも

トイレや風呂に入る時も

朝起きて目が覚めたら

夜布団に入ったら

田んぼや畑で仕事しているときも

いつどこで何をしていても

ナンマンダブツ

ナンマンダブツ

と念仏されていた方が

たくさんいらっしゃったそうです






実際に私もそういう方に

出会ったことがあります

年輩のおじいちゃんでした



木像も絵像も名号などなくても

口に称えることができるのが

念仏です

方便としての対象がなくても

いつどこで何をしていても

仏さまと

つながっていくことができるのが

念仏なのです











"方便"は

真理(本当のこと)に導くためには

とても重要ではありますが…

受け取り方を誤ると

まったく

真理(本当のこと)とは

違う方向へいってしまいます

だからきっと

“方便”を許さない宗教も

世の中にはあるのでしょう








ではいったいなにが

真理(本当のこと)なのかといえば

私自身が腹の底から

「あぁ〜そのとおりだなぁ」

と思うことが真理(本当のこと)

なのです











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